三月十一日

本日から、ブログを新しくしよう。

一昨日私は、シンガーソングライターとして一応一旦ラストのライブ出演を終えました。一応と言う言い方は少しズルいかも知れないけど、必要に応じて歌う時もあるかも知れませんというのと、何も歌うことが嫌で嫌で仕方がなくなって辞めるわけでも無いので、また気が向けば歌うでしょうからそう言わせて頂きましたが、今後は作詞家のお仕事にもっと一生懸命になりたいので余計な動きはしたくないのです。私の長所でもあり短所でもある部分は、器用貧乏な所なんですよ。やれば何でも其れなりにできてしまう。それが問題だと思っているんです。歌はド下手糞と言うほどでもないが、超絶にうまいわけでもない。歌詞だってそうです。そりゃあ経験のない人よりはうまいこと書きますけど、歌詞というものは日本語がしゃべれて尚且つちょっと英語のエッセンスがあれば誰にでも書けるものですから、何か卓越したものがあるのかどうか、何とも言えません。だから、やることを減らして力を集中させたいんです。脱そこそこ。 

ブログを新調するのが何故今日なのか、それは三月十一日だからに他なりませんが、そんな日であるから今日は随分と様々な人々の想いのこもった言葉に触れました。とても現実とは思えないあの不安の中で日本人の心がひとつになった事を忘れてはならないと仰る方も多くいらっしゃいましたが、本当にひとつになったのかどうか、実は私には確信がありません。私がここ数日で最も感銘を受けた著書に長谷川三千子先生の『神やぶれたまはず -昭和二十年八月十五日正午-(中央公論新社)』というのがございまして、題名からご想像頂けるかと思いますが、此れは正に、昭和天皇玉音放送に耳を傾け日本中がしんと静まり返った瞬間について書かれている本です。敗戦の際は、「その時」に向けて既に大多数の国民の心に共通の気持ちがあったと思います。皆が疲弊しながらも、戦い続け、生き続ける理由と死を迎える覚悟や納得があったはずです。ところが、東日本大震災は突然にやってきて、何の準備もない人々からその生命を攫って行ってしまいました。この先の生活がどうなってしまうのか全く見通しが付かないと言う点では同じように途方に暮れたと言えますが、敗戦の際はまず死なせてもらえなくなったと言う部分が大きく違います。

単純に考えると、人間誰しも命が惜しいはずなのだから、良かったじゃないかと思うでしょう。確かに戦争が終わったと知ってほっとした人々はたくさん居て当然であり、それも事実である事に違いありません。しかし、現実の苦しみから逃れると言う意味ではなく渾身の願いを果たすべく死を以って救われる事を望んだ人々も少なからず居たと考えられ、ではその死を一体誰が受け止めてくれるのかと言えば、それは日本の神様です。ところがあの日、日本の神様は国民に生きよと仰った。捧げる覚悟だった命を受け取って貰えなかった、その絶望はきっと並大抵のものではありません。私みたいな者がいくら想像してみたところで察しがつくレベルを逸脱しているでしょう。

震災から三年の間、つぶさに映る人間模様を伺っておりますと、とてもひとつなんて言う風には思えません。絆という言葉が随分安くなったとさえ感じる。しかしそれでもなお、例えば東京で一晩帰宅難民になっただけの人々がまるでファッションアイテムのように絆を装っていたとしても、少数でもほんとうのことをわかった人が居たらそれで良いのだと思います。また、「わかる」と言っても人それぞれ違いますね。私から見て、あゝこの人は何も分かっていないなと感じる人にも、それなりの「わかった」があって、三年前は大変だったねえと語るのですから、それを私が何か言ったところでどうしようも無いです。それぞれがわかる事をわかるしか無い。

私は一流の作詞家になりたいと思っています。だから人間通にならなくてはいけない。どのような境遇にある人の心に対しても想像力を働かせられるようになりたい。何もかもを経験する事は無理でも、想像をするだけならいくらでもできます。そして、想像をするためには色々なことを知らなくてはできません。空っぽの引き出しからは何も出て来ないのも当然です。だから、本が好きなんですね。人の気持ちがわからないとか、自分自身がわからないとか言って悩む人が良く在りますが、知りもしないことをわかる人は居ませんよ。悩む暇があったら本の一冊でも読めと、私はよく後輩に言った記憶があります。読んでいるとなんだか、落ち着きますしね。余計な事を考えられないから。

私の最近のテーマは「考えろ、感じろ」なので、考えるべき事を考えられるかどうかが重要なのですが、以前のブログの時は随分と薄唇軽言をやらかしたように思います。今回も似たり寄ったりかも知れませんが、少しは良く考えて綴っていこうと思っておりますので、今後共ごゆるりとお付き合い頂けたら幸いです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。すめらぎいやさか。