ふわっとできない

イデオロギーは人を幸せにしない。

これは先日チャンネル桜の番組収録でご一緒した宮脇淳子先生が仰った言葉ですが、耳に飛び込んだきり静かに居座り続けています。万能薬はどうして存在しないのでしょうか。科学だけの理論から見れば、いつしか人類が生み出すとも限らないように思えるかも知れませんが、人体の解明にとって精神や感情といった非科学的なものがあるからだろうと、私のような科学音痴のド素人は漠然と納得してしまうんです。感覚的になんとなく、良く分からないものがあると言う事が良く分かるような気がするんです。

私は最近古い本ばかり読んでいて、それこそ旧字体が当たり前で漢字を辞書アプリで引いてもアイフォンがうんともすんとも言ってくれない事もしばしばです。しかしそういった本を読んでいると、まるでその文章が先週書かれたのかと錯覚してしまうほど、現代を物語っていたりするんですね。それほど、私達は進歩をしておらず、同じ問題で悩み続けているか、もはや悩むことすら放棄してただなんとなく過ごす事にしたかのどちらかなんだろうと思うのですが、どうやら後者ではないかと言う気がしてならない。

悩むということは答えが分からない時にするものですが、最近の皆さんの主張を拝読していると、発信する側もそれを受け取る側も、なにか完成された結論を要求している事が多いように感じます。そして意見が合わないと揚げ足を取り合って未完成の部分にあったはずの可能性を潰してしまう。どうしてそんな事になるのか、それは思案の過程よりもコンテンツとしての情報価値を重視し好む人が多いからではないかと思う。一冊読めば全てが分かったような気分になれる物が人気を獲得し、多くの人が支持をしているという点からそれがイコールその時々の正しい弁論であるということで落ち着いてしまう。しかし確か藤井聡内閣官房参与が以前仰っていました、真実は少数派の中にあると。

ある一方向へ人々の気分がどっと流れていく潮流に待ったをかけるのが保守の本分かと思いますが、あまりそういう事をする人はいない。責任重大ですし、骨の折れる作業なのだから当然かも知れませんが、それくらいの気骨を持って頑なに真剣にとことん突き詰めようとする人は中々居ないものですね。私にだってそういう所はあると思いますが、なんだか皆中途半端に生き方がそつなく上手いもので、困ったものですね。

時間が来ましたので今日はここまで。すめらぎいやさか。