祈念の日

話題にするのもあほらしげな話ではありますが、神奈川新聞のニュースサイト「カナコロ」にアクセスしたらででんとトップから2番目のイシューとして登場したのでつい読んでしまった、憲法9条ノーベル平和賞にしましょうという運動を始めた方のインタビュー。記事を読めば読むほど、なるほどお花系パシフィズムな方でしたので、その一部をご紹介させて頂きます。

子どもって本当にかわいい。よその家の子も、どこの国の子どもも。子どもを泣かすのは嫌だし、相手の国の子どもだって泣かすのは嫌だと思いました。この国は「もう戦争はしないよ」という憲法をみんなで一生懸命、掲げてきました。

(中略)

9条を大事にし、「私たちは戦争はしたくないんだよ」と相手の国々に本気で伝え続ければ、「ああ、僕たちもそうだよ」と好意を持たれ、手をつないでくれるようになるんじゃないか。それが世界中が仲良くやっていく力になるんじゃないか。単純ですが、相手の国のお父さんやお母さんたちを信じたい。どこの国の子どもであろうと、戦争なんかで泣かしたくない

引用元-カナコロ 2014.05.03 12:16:00
集う人々 憲法をめぐって(中)(2)不戦の夢、励まし合い 主婦・鷹巣直美さん

誰しもが願うことではあると思います。誰だって泣いたり泣かせたりするのは嫌ですよね。ただ戦争というものが、泣くだけですむのなら私は喜んで泣きたいし躊躇なく相手も泣かせようと思います。「単純ですが」とご自身も仰っている通り、単純すぎて全く話題と噛み合っていないことに気づいていながらこのような運動を続けるのですから、悪質極まりない政治活動家であると言えます。要するに、確信犯です。もし確信犯でないとしたら、活動のベクトルを変えるべきです。世界の文明論から勉強しなおして世界中の歴史とその民族性や、各国の宗教の分布や言語学、更に産業や経済の実情と未来の展望も含め良く理解した上で世界憲法の草案に取り掛かるべきです。いち主婦がそれを成し遂げたら自薦するまでもなく満場一致でノーベル平和賞を受賞することでしょう。

ちなみに、戦争のない平和な世界を夢見るのが当たり前だと思ってしまっていますが、世界のどこかにはむしろ戦争や紛争を進んでやりたいと思っている人もいるのではないかという事も一度は考えてみても良いように思います。本当に自分のその価値観が世界的に絶対なのかどうか、どうしてそう簡単に言えるでしょうか。平和とは哲学で、世界秩序は現実です。さてここにどう決着をつけられましょうか。

世界のことを話していたらまとまりませんので、日本の憲法に話を戻します。日本国憲法の成り立ちから考えれば当然、いい加減そろそろ新調した方が良いに決まっているにも関わらず、どうしてこうも9条にしがみつき集団的自衛権の解釈にとやかく煩いのか不思議に思いませんか。戦争ができる国になったら困ると言いますが、戦争すらできずに殺される国のどこが平和なんだかちちんぷいぷいで、どうやら日本国憲法には何か魔法が隠されているように思えてきます。

 昭和20年から27年4月末までの間に掛けられた魔法で、その魔力から今も解放されない人々がたくさんいる一方、すっかり魔法が解けた人も大勢います。この両者で会話しようとしたところで、それは起きている人が寝ている人の寝言に話しかけてみるようなものですから、まずは議論に加わりたい全員が魔法から解かれなければなりませんが、それを待っていても埒が明かないので強引に進める事を考えた時、またしても課題は先日の長谷川三千子先生が仰った通り、精神的平和主義と積極的平和主義のバランスをどう取るかという点に尽きるのです。先生は世界に向けて仰いましたが、今まさに私たちが直面している事例でもあるのです。

護憲派改憲派と簡略的に呼ばせて頂きますが、どちらにも何かを盲信するばっかりの人々が存在します。かと言ってただ無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、憲法であって良いのかと言うと、そうでもなく、私個人の都合や信条のレベルを脱しながらも私個人に2674年間の潮流を汲み取れる憲法とはどういったものか、具体的な論争が起きてきてようやっと魔法が解けてゆくものだと思います。戦争に負けて主権を失った7年間の占領期間ののち、失ったものをどれだけ取り返すことができたでしょうか。形だけは取り返したように見えるものもあるかもしれませんが、精神は完全に取り返せない、または取り返そうとするとそれを阻む人々がいる。頼まれてもいないのに、実際に占領していた本人達不在のまま未だに占領され続けて安堵しているおかしな状態を鑑みると、もはや魔法と言うよりも病魔と言ったほうがしっくりくる気がしてきます。

本気で考えている人はどれ位いるんだろうかと心細くもなりますが、自分が生きている間に日本の歴史の大きな分岐点が訪れることを思うと弱音を吐く暇があったらもっと勉強してもっとよく考えて、それが何の役に立たなかったとしても心を燃やしたい衝動に駆られます。薄っぺらではなく本心から日本の平和を祈念して、すめらぎいやさか。

 

今日の参考書:

中央公論特別編集 三島由紀夫と戦後

中央公論特別編集 三島由紀夫と戦後