大きくなって、強くなる

私の周りはたまたま士気の高い人が多いだけなのかも知れない。世間一般では、報道で出た文面を、そのもの額面通り受け取る人もまだまだ多いらしい。

やはり、幼稚だと思う。物の観方があまりにも狭く、余裕が無い。今まで一体どんな人生を歩んできたのか心配にもなるが、例えば私達の日常の人間関係においてもどうしたって面倒臭い相手に対しては、アゲつつも封じ込めるような事はするはずだ。褒め殺しとも言うかも知れない。綺麗にできないとしても、「へ~、あんた凄いね。立派だよ。俺なんか適わないや~」などと言いながら、話を流すぐらいの事はそこらへんの居酒屋でも日々行われている事のはずだ。それなのに、対象が例えば第二次安倍政権になると、違う。遺憾である!許すまじ!とか言い出すのである。そこは言い方でしょうが…と思うのですが、ああいったことに逐一顔を紅くして憤慨するようなタイプの人は、政治と言うものを人間がやっているという事を忘れているのか、知らないのかしら、と思う。

外交でも国内の政局にしても、まずは心理戦ですよね。本当の実力がある事は勿論重要ですが、能ある鷹は爪を隠すとも言いますし、参ったな~適わないな~いやいや勉強になります本当に~…と言いながら廻しを鷲掴みにして寄り切るか下手投げか、はたまたイラつかせて立ち合いの主導権を奪うか、そういう世界であるものと思います。猫騙しや突っ張りだけで全勝できないのは土俵も現実も同じはずですよね。しかも、誰か一人が全勝しているだけの場所を誰が熱心に観ますか。三つ巴になるかもしれん、新大関が誕生するかもしれん、そういう局面でこそ人はワクワクするものです。圧倒的な勝利には面白味も無ければ、ロマンもありません。そうではない紙一重のギリギリで何を守りきるのか、それこそが政治においても見どころなのではないかと思います。

そういう意味で今、日本と言う国家そのものが大一番を迎えようとしてるわけです。楽しんで傍観するだけではなく、何かひとりひとりが出来る事をやるのが最良かも知れませんが、楽しめるぐらいの余裕があったら逐一目くじらを立てる事に比べたらそれはそれで一興であると言えましょう。長期戦になるのですから、無駄な消耗はしないことです。必ず、勝ちましょう。では、すめらぎいやさか。