十年遅れ

昨晩は上念司さんの八重洲イブニングラボへ出掛けた。テーマは「福島で今、何が起こっているか」だった。私にとって福島は夫の出身地であり、一緒になってからは決まって毎年訪れる場所である。今も福島で暮らす夫の親友が度々東京へ出張で来れば必ず会って、色々話を聞かせてもらう。色々と言うのは、普段東京に居る私達がテレビや雑誌では知る事のできない表には出ないような類の話ばかりで、人間の性を知るようでもあり、日本人にとっての課題の根深さを知る事とも言え、とても気軽に話題にできるような話では無かった。なので私はそういった話題を、こういうブログやTwitterでも取り上げようとはしなかった。私の立場から言えば確実に悪口と受け取られて、私は被災地を敬わない非国民と言われるだろうと想像がついた。要するに逃げていたと言える。

それでも関わりたいと思うのは、福島の復興が日本の再生にとって欠かせないと言うのが明白であるのと、他人事ではないと言う気持ちからだったが、正直に言って「あの」私が知っている類のような話を聞けるとは期待していなかった。風評被害状況の現地レポートや、放射能に関するデマを論破するデータに出会えるのだろうと思っていた。がしかし意外にも昨夜初めて、最も触れることが躊躇される問題の根本部分を逃げずに語り明かす人に出会う事となった。双葉町出身で地域メディエイターの半谷輝己氏だ。

信頼に足るデータを提示しても、目の前で福島の野菜を食べてみせて健康に暮らして見せても、どうしても放射能を怖がりたいし怖がらせたい人々が居る。商売や政治のためにやっている人はさておき、本心からその病理に嵌って抜け出せない人々がいることについて、半谷氏は穢れ思想が影響していると指摘した。科学や理論が及ばない部分に問題の根源があるならば、民俗学や神学の分野で平成の柳田国男のような人がいなければこの問題は解決しないのではないだろうかと。更に福島と言う土地は藩を堺にはっきりと言語も文化も異なっていて、歴史的背景から中々いっせいのうせで仲良くする事など困難で、ひとつの県の中に異なる国が存在する。日本が多民族国家ではないと言うのは表面的な話でしかなくて、地域ごとに驚くほど違った民族性を持っている事は、多かれ少なかれ日本全国各地で思い当たる節があるはずだ。そういう意味でもこう言ったら極端かも知れないが、福島には現代の日本が抱えるの問題の縮図があるように思える。

福島から離れて考えを巡らせてみても、先日とある人から聞いた話では、過疎化が進む地域の活性化をどうしようかという話をする時に、端的に交通機関との位置関係でわが県は何も問題ありませんと言いきってしまう地域があるというのだ。空間的にも時空的にも視野が驚異的に狭くて、とても国家感などという言葉には辿り着く気配すらない。自分の次の世代くらいの事さえ想像ができない。そういう人が珍しいうちは笑い話で済むが、果たして珍しいだろうか。別の例で言えば、子どもたちの事を考えていますと言いながら、自分の暮らしの水準を保つ事に必死な大人の姿なんてもはや珍しくない。一体どこからどう手をつけたら良いものだろうか。

日本人は道徳心があって良心と常識があって弱い者を助け先人を敬ってお互いに感謝の気持ちを忘れない美しい民族であると言うのは、完全な事実では無いという当たり前の現実を、当の日本人たちはどう請け負っていると言えるだろうか。やっぱり逃げてしまうのではないだろうか。妬むし僻むし恨むし落ちぶれる人々をあんなのは日本人じゃあないよと言って切り捨てるのだとしたら、道徳心があって良心と常識があって弱い者を助け先人を敬ってお互いに感謝の気持ちを忘れない美しい民族だけどとても冷酷だ。と言わなければならない。この4年間の猶予を経ていよいよ、福島の、つまり日本の抱える問題の根本に切り込む勇気があるのかどうか、全日本国民は試されている。そんな風に感じてしまって戦々恐々としたものの、現実的に考えてある一定の層で決定的な変化を示す事ができれば、その他大勢の人々は雰囲気に乗っかって来る。そういう曖昧な約束事が得意なのも日本人の特徴だ。上手に乗り越えようと思ったら、そうやって実践するしかない。またこんなに根深い問題が、憲法改正の議論と時期を同じくするのは運命の悪戯なのか当然の成り行きなのかはわからないが、ええじゃないか騒動がだいたい60年周期で起こった事を考えると何となく納得の行く話でもある。つまり、ここで一旦溜まりに溜まった穢れを落として解放されないと、この先生きて行かれない時期にあるのに、10年余分にもたもたしてここまで来てしまったんですよきっと。

ため息。なんだかもうねえ、色々と思うことがあり過ぎてなんだか良く分からないです。さよなら。すめらぎいやさか。