美しい日本と、美しくない日本人

ちょっと旬を過ぎた話かもしれませんが、テレビ番組で「日本アゲ」が流行っているらしいけどそれは自信の無さの裏返しだとか言われているそうですね。伝統技術とか世界市場を圧巻する町工場の知られざる技術力とか、あまりスポットが当たる事のない日本の長所を紹介するのは良い事ですし、それを知って同じ日本人として嬉しく思ったりなんとなく自信がついたりするんだったらどんどんやれば良いと思うし、自分の事じゃなくても褒められて嫌な気持ちになる人なんて居ないのだから、この風潮を気色悪いと思う人がもし居るのなら、素直じゃないなんてレベルを越脱した屈折を心に抱えているのだと思いますが、褒め称え続けるだけではどうも背中がむず痒くなるというのなら分かる話です。

物事には絶対なんて無いですよね。日本にだって勿論良い所もあれば悪い所もある。その当然のことがどうも分かっていないのではないかと感じる機会が一向に減らないどころか日々増えているような気さえしてくる。もしや反動かも知れませんけどね。過去の日本は悪い事ばっかりやったんだと言われ続け過ぎて、いいや全部が全部、良い事だったんだ!と言う真逆のポジションへすっ飛んで行きたがるのかも知れない。気持ちは分からないでもないが、一旦落ち着いて考えて欲しい。外国人とその仲間達が私達に対して言う「過去の過ち」とは脈略は全く違うにせよ、確かに過ちを犯した過去は存在すると思うのですが、そんな事を言おうものなら、では具体的にいつ?どこで?誰が?何時何分何曜日?地球が何回まわった時ー!?なんて具合に、小学生のような質問返しに会いそうなのでうっかりとは言えませんけどね、だからまず落ち着いて考えて欲しいと思うわけですけれども。じゃあ例えばですよ、日本は武士道の国だと言われますが、その武士道が常識としてまかり通っていたその時代に生きた日本人全員が本当に武士道に則って暮らしていたと思いますか?今の日本だったら、思いやりとか絆ですか?あなたの周りの全員が本当に思いやりに溢れていますか?人間いつだって完璧な素敵さで生きていけるわけではない。自分でもこんなの良くないなと思っていても、どうしても金欠でとか、忙しくてとか、大殺界でとか、どうしても理想の思いやりを捻り出す事ができない時だってありますよね。じゃあそういった状況にある人を、日本人にあるまじき行為をしでかしたな!と言ってやっつけるんですか。

そう、日本人とはこうあるべきだ!という勝手な押し付けも、和を重んじる心をどこに忘れて来たんだおいと言いたくなる所以です。ちょっと痛い昔の武勇伝みたいな話をいけしゃあしゃあと語ってしまった恥ずかしい芸能人とかの話題になると、そんなメンタリティの持ち主はきっと日本人ではないはずだとか、芸能人なんてだいたいが在日なんだから普通の日本人だったらあり得ないとか言ってしまうじゃないですか。自分の昔の同級生にもとんでもない馬鹿をしでかす人はいませんでしたか?今思うとその人達も在日ですか?そして、生粋の日本人ではないという事実が常識から外れる事の理由になるならば、GHQ作の日本国憲法に奴隷制度を認めないと書かれている事に文句なんて言えないですよ。日本にはそんな概念そのものが無かったはずなのに、70年かけて何を好んでやんわりと憲法に歩み寄っているんですか。そんな心の歪に気付くことも無いままに素晴らしい素晴らしいと崇めたてている日本の価値を貶めているのは、そういう短縮的なものの観方しかできない日本人自身なのではありませんか。

美しくなんかないぞこれは。日々発する言葉には本当に気を付けたほうがいい。たまには見たくもないものを見なければならない、言いたくない事でも言わなければならない、そんな時だってあるかも知れないけれど、嬉々として汚れて行く人々にどういうファブリーズが効くのか誰か教えてくれないか。本気で頼む。すめらぎいやさか。